ミス・インターナショナルの歴史
ミス・インターナショナル
ビューティ・ページェントの歩み
1960年にアメリカロングビーチ市で始まったミス・インターナショナル ビューティ・ページェントは54年の永きに渡り、
世界の70を超える国と地域の美の親善大使達を迎え、友好親善と各国文化の相互理解に貢献しています。
- 2022
- 3年ぶりに東京ドームシティホールで開催
- 2016
- 東京ドームシティホールで初の開催
- 2015
- グランドプリンスホテル新高輪/飛天2年続けての開催
- 2014
- グランドプリンスホテル新高輪「飛天」で初の開催
- 2013
- 東京大会/6年ぶりに開催。
- 2012
- 沖縄大会/日本で5年ぶりの開催。
- 2011
- 引き続き成都市で3年つづけて開催。
- 2010
- 引き続き成都市で開催。
- 2009
- 中国・成都市での初の地方都市での開催。四川大地震の支援活動として愛心活動として行われる。
- 2008
- マカオで初の開催。今までにはない壮大なスケールで展開されました。
- 2006
- 「日中観光交流年」を記念して、日中共催の「北京大会」が開催された。
- 2005
- 1970年の大阪万博から35年ぶりに開催された「愛・地球博」の会場において「ミス・インターナショナル愛・地球博の集い」の国際交流イベントが行なわれた。
- 2004
- この年の世界大会は、1971年のアメリカ大会から33年ぶりの海外での大会であり、また大会史上初の「北京大会」として開催された。
- 1999
- 第40回世界大会の開催を記念して「第1回/ミス・インターナショナル・フォーラム」を開催。"21世紀の理想の女性像を探る"をテーマに、意見交換によるミス同士の交流を図った。
- 1997〜1998
- 現代における近代ガラス工芸の先駆者(岩田藤七・岩田久利)による「現代日本ガラス二人展」をアメリカのカンサスシティ、ニューヨーク、ワシントンDCで開催。
- 1995〜1996
- 日本現代陶器界を代表する陶芸作家(人間国宝・今泉今右衛門、酒井田柿右衛門、徳田八十吉)による「日本現代陶磁巨匠三人展」をシカゴ、デトロイトで開催。
- 1995
- 「ユニバーシアード福岡大会」を記念して、日本語による「世界学生フォーラム」を開催。
日本語を学ぶ世界各国の大学生26名を招聘し、「私の中の日本」「21世紀の日本」をテーマに日本語で討論し、日本への理解を深めた。
- 1993〜1994
- 日本を代表する陶芸作家30名の力作30展「日本現代陶芸展」をスミソニアン・サックラー美術館への寄贈記念として、アメリカ6大都市で開催。
- 1991
- 「オーストラリア・グリーンリーブズ使節団」(青年160名)を招聘し、日本とオーストラリアの姉妹都市を訪問。ホームステイや体験学習など、若者の交流を通して友好親善を図った。
- 1990
- 旧ソ連と日本との新しい友好関係と理解促進の為、「ソ連における日本文化週間」を開催。北島三郎公演、森英恵ファッションショー、平山郁夫画伯展など17団体300名を派遣した。
- 1988〜1989
- 「答礼人形里帰り展」を日本全国11都市、「青い目の人形展」をアメリカ4都市で開催。
1927年、アメリカより平和と友情の証として贈られた「青い目の人形」の答礼として、日本よりアメリカに贈られた答礼人形が61年ぶりに里帰りしました。
- 1988
- 東京ドーム・オープニングイベントとして、世界10カ国14団体(約1,000人)による、「世界マーチングバンド・フェスティバル」を開催。
- 1985〜現在
- "アメリカ・マサチューセッツ州のボストン市内を流れるチャールズ湖畔に、日本の桜の木を植樹。「友情のシンボル」とすべく、日本国民の善意の心を贈り続けています。
- 1985
- フィジー、イタリア、韓国、メキシコ、ポーランド、スペイン、アメリカ、ソ連、日本の民俗芸能団400名を招聘して、「世界民族芸能祭」を科学万博つくばEXPO'85で開催。
- 1984〜現在
- "育てよう愛ひとつ運動"の提唱とともに、愛ひとつ基金を設立。第一回目は「アフリカ食料危機救済」の一助となる。
- 1982
- 花柳糸之社中の日本舞踊団(11名)が、スウェーデン・シルビア王妃、リリアン王女ご臨席のもとで親善公演を行った。
- 1980
- アメリカより高校生を中心とした「全米選抜ミス・ドリルチーム(54名)を招聘し、東京、静岡にて親善公演。翌'81年にも開催しました。
- 1980
- 「アメリカ・ブリガムヤング大学インターナショナル民俗舞踏団(36名)」を招聘して、東京、富士吉田、柏、横浜、静岡、神戸で親善公演。'81年、'83年、'89年にも開催。
- 1980
- 「メキシコ・ベラクルス大学民俗舞踏団(36名)」を招聘し、東京、横浜、船橋、名古屋、神戸、広島、米子で親善公演。
- 1978
- 「ハワイ青少年民俗芸能交歓会」を開催。ハワイより、ヤングハワイアングループ(35名)を招聘し、東京、静岡、大阪、福岡で親善公演。
- 1977
- 「青少年東南アジア・民俗芸能交歓会」を開催。
インドネシア、マレーシア、フィリンピン、シンガポール、タイの青少年民俗芸能団を招聘し、東京、沖縄で親善公開。
- 1976
- 山野愛子きもの文化使節団による「日本の美きものショー」をヨーロッパ各地で開催。
- 1975
- 「社団法人 国際文化協会」と名称を変更する。
- 1974〜1977
- 世界初の海外での試みとして、パリで発表されるフランスの一流デザイナー作品を一堂に集めた「オートクチュール・パリコレクション」を東京、名古屋、大阪で開催。
- 1970〜1987
- 神宮外苑絵画館前にて「自由な若者広場"ふりーばる"」を開催。
世界中の若者が交流する「場」を提供するとともに、一流エンターテイナーのステージショーや世界の民俗芸能を紹介し、自由な若者広場として、新しい形の国際交流を展開。
- 1970
- ミス・インターナショナル世界大会を日本万国博覧会会場(大阪)で開催。
- 1969
- 外務省より「社団法人ジャパン・ビューティ・コングレス協会」設立認可を受け、発足。
- 1968
- 日本武道館で国内初のミス・インターナショナルを開催。
- 1965
- イギリス・ロンドンで開催される「ミス・ワールド世界大会」に、日本代表を派遣。
- 1964
- アメリカ・ロングビーチ市で開催される「ミス・インターナショナル世界大会」に日本代表を派遣。
- 1963
- 「世界のビューティ・コングレス」が設立。日本代表選出大会がスタート。
- 1960
- ミス・インターナショナルが、アメリカ・カリフォルニア州、ロングビーチ市で誕生。